aullyの読書日記 このページをアンテナに追加

2005-11-16久々江國香織

[](013)泣かない子供 00:37

泣かない子供 (角川文庫)

泣かない子供 (角川文庫)

書くこと、読むことについて真剣に考え、時に目を背けたくなるというような勉強をしている私にとって、こういうものの存在は非常に危険だと思った。つまり、物書きが自分で語る「書くということ」。この本には自分自身、また同業者の「書くということ」について書かれている。

江國は自分の書く行為について「どうしてもそこに自分で行ってみたくて」書くのだ、と言う。そして「自分で歩いて自分で見て、自分で触ったものだけを書いていたい」とも。「私にとってあらゆる小説ファンタジー」とし、ファンタジー河合隼雄の言葉を引用して「たましいの現実」と呼ぶ。そしてそこには「「ありそうなこと」かどうか、あるいは「たくさんの人がさもありなんとうなずくこと」かどうか、とは何の関係もない」のだ。多くの人の共感を得て人気を集める作家が読者を振り捨てる。「私は錯覚や前提の一切ないところにいたい。それがどんなに荒涼としたところでも、私はやっぱりどうしてもそこにいたい」と、読者という読む主体には見えないところでつぶやく。それに自ら気づいて「嬉しくなっ」ている作家・江國は改めて可愛らしく、そら恐ろしく思えた。

ところで私は江國香織が大好きなんだけど、数年振りに触れた江國は私の知っている江國ではなかった。なんだか、昔の恋人に会うのに似た感覚。昔の恋人本人と会ってるはずなのに彼は最早全くの別人で、どちらかと言うと共通の知人と会っているかのような錯覚を覚える。そんな感じ。

私は昔からばななや辻や山田詠美が嫌いだ。でもどこかで江國も彼らと同系統なものを持っている、とも感じていた。説明のできない、でも確かにそこにあるもの。それを説明しないまま、ありのままに表現する。そういう文体で彼らは若い人の共感を得てきたように思う。でもばなな好きは江國嫌いという傾向(私の逆だ)を考えるとやっぱりどこかが違うんだろう。

今回の江國との再会で感じた大きなものの一つが、嫌いなその他作家との境目が私の中で曖昧になっていたという事だ。

でもやっぱり好きだよ。江國香織。ここまでは文体の事を話題にしているから批判的なことも言ったけど、大体これはエッセイだから。他の作品と同列に扱えないよね。


それにしても最大の衝撃は、私の文章は誰よりもまず江國からの影響を受けていたんだなぁと。自覚した。似てるなんて失礼且つ勘違いな事は口が裂けても言えないけど、文章の変なクセをパクってるような。これはかなり衝撃的でした。まぁ、高校時代あれだけ読んでたんだからそれも当たり前と言えば当たり前なんだけれども。