aullyの読書日記 このページをアンテナに追加

2006-01-27男友達。

[](022)泣く大人 00:58

泣く大人 (角川文庫)

泣く大人 (角川文庫)

江國香織エッセイ

電車の中でちびちび読んで、旅先で読了


山形にはすごく変わったものがある」という一節の中に「たとえば、やたらに将棋の駒のある町」。天童か。


「いろんなものがみんな将棋の駒の形をしている。(中略)いちばんあっけにとられたのは、詰め将棋の埋め込まれた歩道だ。五十メートルおきだかにあり、しょっちゅう立ち止まって考えてしまうのでなかなか先に進めない。不思議なまちだなあと思った。」


不思議なのはまちじゃなくて江國さんだと思う。カワユス。


「やまがたのものはみんな大きい。はじめていったとき、木や花が大きくておどろいたけれど、空も、東京でみるときよりずっと大きい。こんにゃくも大きかった。さくらんぼいちごもとても大きい。すももも、おみそしるに入れるじゃがいもも。山形生まれの私の夫も、一八〇センチある。」


旦那さん、こんにゃくと同列。カワユス。


また、すごく共感した言葉


「ほめ言葉というのは、言うひとの資質を問われるものだ。文章の下手なひとに文章をほめられても嬉しくはないし、味覚の鈍いひとがどこかのレストランをほめても信憑性がないし、つねづね悪趣味だと思っているひとに服装などほめられた日には悲しくなる。」


一見嫌味に転びかねないこの言葉だけど、確かにその通りだと思う。だからこそ逆に何かに秀でているといつも思っている人からその分野で褒められると何倍も嬉しいということになるんだけど。こういう事考えると褒めたくても躊躇したり、尊敬する人を褒めた昔の事を後悔したりもする。


このエッセイの中でお気に入りの章が「男友達の部屋」。一つ一つが心臓を鷲づかまれるような刺激的な言葉で構築されている。


「かつて恋をした男と女が男友達と女友達になるには、たぶん、必要なことが二つある。一つは互いに未練がないこと。もう一つは、二人とも幸せなこと。幸せというのも曖昧言葉ではあるのだが、ちゃんと暮らしている、ということ。仕事なり家庭なり友達なり恋人なり、ともかく自分の居場所を持っているということ。」


胸に手をあててみて、随分と響いた。でもそれ以上に深くうなってしまったし、共感したのがこれにすぐ続く部分。


「そうすると、ひさしぶりに会ったとき、架空の存在みたいになれる。都合がいいのだけれど、現実のしがらみは届かない相手。」


状態がいいときに元彼にあう時の、説明できなかった違和感を完全に言い表している。ファンタジーなんだ、元彼でもある男友達って。


読みながら空想にふけらせてしまう、内容ではなく空気感を提供する稀有な存在江國香織の作品だと思う。