aullyの読書日記 このページをアンテナに追加

2008-06-24

[](016)『古事記と日本書紀』 23:26

はてダの方に書いたから感想はなし。

この血走った目を見て。とにかく必死なの。あと3ヶ月で24冊読まないとなの。

古事記と日本書紀 (講談社現代新書)

古事記と日本書紀 (講談社現代新書)

2008-05-02

[](014)『中年童貞』 00:08

何の専門書だ。

「少子化は童貞問題だ」という持論を『全国童貞連合会』会長がその現状を切々と論じる本。問題提起のみで今後の展望とかない。だって会長自身童貞を脱したくて『全童連』を興したのに今も童貞なんだもん。出口が見えないのは本人なんだもん。

これも彼からの借り物なんだけど、彼からの借り物ってこうどこか一貫性があって(この本にも引用される『負けた教の信者たち』とか)、何かとりたてて新しい発見とかがあったわけではない。ただ恋愛資本主義ってどっぷり浸かりすぎてると外からの視点が持てなかったなぁと思った。

女たちは与えてもらう事を当然と思い、それに答えるべく恋愛レースに参加する男たちはあえぎながらそれに応えようとしている、というとんでもない男性差別を気付く視点を持ってないなぁと思う。だからといって恋愛資本主義から離れようとは思わないけど。だって女性優位の社会じゃない。もったいないもん。だからこの本に出てくる恋愛レース脱出論者たちがこれ以上増殖するのは女の危機だなと思う。そんなこと言わずに抱いてよ!と思う。そんな本。

電車での持ち歩きはやめましょう。タイトルが恥ずかしいです。新書なのでブックカバーもできません。

中年童貞 ―少子化時代の恋愛格差― (扶桑社新書)

中年童貞 ―少子化時代の恋愛格差― (扶桑社新書)

2008-04-23

[](013)『性愛の日本中世』 22:24

田中貴子!!

田中貴子の本はタイトルがキャッチーすぎる。でも中身はちゃあんと学術本。国文の論文の定型にものすごく則った章もあったし。

こういう釣りタイトルを付けている著者自身にもやはり一般向けの本を書こうという志向があるそうで、にもかかわらず実際の読者は同業者ばかり、とあとがきで嘆いていた。そりゃあ中身は同業者向きだもん。どうしたって。一般読者に「妹の力」なんて解説なしで書いたって分かるわけないよね、常識的に考えて。確信犯。

別にタイトルのように日本中世の性愛について掘り下げる、というような本ではなく、稲荷信仰とか稚児とかの問題を『性愛』という観点を一切除かず*1に書いている、という論文短編集といった様相。バラエティ豊かでお得感ある本になってる。けどタイトルを見て「げへへ」と買うド変態元国文SEとかは「あれ?」と思ったりすることもあるかもしれない。

感想書かずに終わらすつもりが長々書いちゃった。そして感想じゃない。

性愛の日本中世 (ちくま学芸文庫)

性愛の日本中世 (ちくま学芸文庫)

*1:除くことなんてバイアスかけちゃうことに他ならないわけだから「一切除かない」ことなんか当たり前のことだと思うけど

2008-01-27出張時のお守り(お荷物とも言う)

[](010)『梁塵秘抄』

かなり長い事私のバッグの片隅で揺れていた本。

たまには大学時代の記憶を呼び起こすような本を読んで頭が錆びないようにしないとねーと入れておいてたんだけど、どうやら既に錆び錆びだったみたい。睡眠導入剤でしかなかった。

梁塵秘抄、という文学年表を見てても異色だなぁと思っていた作品について私が知っているのは「遊びをせんとや生まれけむ戯れせんとや生まれけむ」の歌と、これが今様集であるということと、後白河上皇というちょっと変わった人が関わって作成された歌集であるという事。大体今様がなんなのかも後白河上皇がどう変わってるのかも断片的にしか知らない。だから卒業間際に大学生協の恩恵に与れるうちに、とまとめ買いしたときの中の一冊に入れておいてたんだ。『古代人と夢』の著者だし、そう間違いはあるまいと思って。

内容は『梁塵秘抄』に収められた多くの歌の中から数首を取り上げて、それぞれを細部にわたってねちっこーく分析していく前半と、梁塵秘抄にまつわるいくつかの問題点をそれほど多くはない研究史と比較しながら新たな切り口を求めていく後半とに分かれていた。特に印象に残ってるのは後半の「遊女、傀儡子、後白河院」という章。そこでのまとめは、遊女を師として今様を学び傾倒していった後白河院という人の登場を「「賢主」から「暗主」への道ゆきは、伝統的な意味では腐敗堕落に他ならぬけれど、人としては一つの進化でありうる。」とし、「梁塵秘抄は、この後白河院の撰であることによって、撰者不詳のたんなる歌謡集であるよりは、いっそう大きな文化的射程を持つといえる。」としていて、平安貴族社会の終焉の一つの象徴としての梁塵秘抄の存在を指摘していたように解釈した。咀嚼力もからきしなくなってるから全然違うかもしれないけど。

次の本は軽い本立て続け2冊予定してるからすぐに次が書けるはず…だけどどうかな…。

2007-05-22女性史もいいけど

[](020)『平安朝の女と男―貴族と庶民の性と愛』 00:11

平安朝の女と男―貴族と庶民の性と愛 (中公新書)

平安朝の女と男―貴族と庶民の性と愛 (中公新書)

確か学生時代に「性器呼称の変容」という章タイトルに魅かれて買った気がする。どうもバカです。こんばんは。

服部早苗さんの本は以前『平安朝の母と子』を読んで印象的だったので、これで2冊目。いやぁしかし。

平安文学を学ぶ(学んだ)身としては必要不可欠な知識が詳細な分析の元に収載されているのでこの上なく勉強になるんだけど。なるんだけど…。なんかなぁ。ベクトルが、なぁ。

はっきり言って、女性学とかを専門にされる人って物言いバイアスがかかりすぎてると思う。バイアスがかかってると思う私の方こそバイアスがかかってるんだろうか。いわゆる男性中心社会価値観というバイアスが。男女は平等であるべき、なんて私はほとんど思わないので(だって平等ってことは責任も平等ってことでしょう。やなこった)、単婚の発展が女性の権利を阻害する風潮のはじまりだなんて思わないし思えない。否定するわけじゃないけど、そういう考えはないわぁとさめた気持ちになる。女性が性におおらかな時代が過去にあろうが、一転して女性の性に対して眉をひそめる時代が来ようが、それらの事象に女性の権利阻害の要素なんて読みとろうとなんかしないもん。できごとはできごとでそれに価値を与えるのは私じゃないもん。

こういうバイアスは苦手です。ただ、とても勉強になったのは確かなので(文学作品でしか普段触れる機会がないので、史料の分析集積による視点は貴重)平安文学をやる人は読んで損はないと思う。というか読むべき。